テンポについて考える, Part 1 - 音価と計量記譜法

Metronome_Maëlzel

「テンポ」について考えるエッセイ・シリーズを始める事にしました。

テンポ・マーク(速度記号)と言えば「アレグロ」・「モデラート」・「アンダンテ」・「アダージョ」・「ラルゴ」などに加え、前述にあるような速度記号の縮小辞がついた「アレグレット」・「アンダンティーノ」など普段から見慣れているものだと思います。

ところで、これらの速度記号はそれぞれ実際にどれだけ「速い」又は「遅い」のかご存知ですか?「アレグレット」と「アレグロ」では、又は「アンダンテ」と「アンダンティーノ」ではどちらの方が「速い」又は「遅い」のでしょうか? このエッセイ・シリーズではこれらについて考えてみたいと思います。

日頃からこの世で最も素晴らしいものの一つとして「相対性」を挙げるのですが、幸運な事に音楽も「音価」・「テンポ(メトロノームによる正確で絶対的な速度の指定がある楽曲を除く)」・「ダイナミックス(強弱)」と、数々の相対的な概念の上に成り立っていると言えます。幸運な事に、と言いましたが、それは、プロ、アマを問わず、演奏する人の役割とは作曲家が楽譜に音符として書き示した楽曲に再び命を吹き込む、というものであると思うのですが、その際音楽が持つこの「相対性」と「曖昧さ」は必然的に演奏者に楽譜を理解し解釈する努力を促し、結果として演奏者に技術的のみならず、創造的なプロセスに関与する機会を与えてくれるからです。

とは言ったものの、この素晴らしい相対性によって曖昧に記された音楽を、その時代に属さない我々が実際に演奏する際には、色々と頭痛の種を伴うのも事実です。 正直なところ、個人的には作曲家の真の意図を細部にわたって表現する事は不可能だろうと思っています。我々が出来る事はそれを想像するだけでしょう。しかし、多少の知識や研究の成果は我々がより良い想像力を膨らませる事に大いなる助けとなるはずです。 

 

速度記号について考える前に、「音価」について考える事から始めたいと思います。まずは簡単な記譜法と音価にまつわる話にお付き合いください。

 

 

音価と計量記譜法

16世紀前半に計量記譜法で書かれた手書き譜 

ヨーロッパ音楽の中で最も偉大な発明の一つに「計量記譜法(Mensural notation)」が挙げられます。「計量記譜法」のお陰で正確な音符の長さを相対的に紙面上に表わす事が可能になりました。ここではこの記譜法についての詳細に触れるつもりはありませんが、現代の記譜法の起源を知る事は興味深いと共にこれから取り扱うテーマについて考える上で助けになると思うので、どうか辛抱強くお付き合いください。

 

下の比較表をご覧下さい。計量記譜法の「ブレヴィス」が現代の「倍全音符」の祖先であり、同様に「セミブレヴィス」が「全音符」に、「ミニマ」が「2分音符」に、「セミミニマ」が「4分音符」に、と言う様にそれぞれ対応しています。

計量記譜法 現代の記譜法

マクシマ

 

ロンガ

 

ブレヴィス

倍全音符

セミブレヴィス

全音符

ミニマ

2分音符

セミミニマ

4分音符

フッサ

8分音符

セミフッサ

16分音符

1300年以前は「マクシマ」、「ロンガ」、「ブレヴィス」、「セミブレヴィス」の4種類の音価のみが使われていました。

14世紀から16世紀にかけて、作曲家達はそれより短い音価の音符を次々と多用する様になりました。それに比例して、かつての長い音価を持つ古い音符の速度が遅くなって行きました。

現代の「拍」の祖先は「タクトゥス」と呼ばれていました。15世紀にはこの「タクトゥス」は手を上下する動きによって表現されました。ところが「拍」と言う概念は現代のものとはかなり違っており、どちらかというと現代の「小節」に近いものであった様です。

計量記譜法には現代の楽譜の様な小節線が無かったので、単位となる音価が必要になりました。イタリアのルネサンス期の理論家兼作曲家であるフランキヌス・ガッフリウス(Franchinus Gaffurius)によると、1タクトゥスは全音符1つ分の音価に等しいそうです。そして、それぞれの全音符の長さは人が静かに呼吸している時の脈拍数に等しい、と述べています。恐らくM.M. 全音符=60〜72 位だと思われます。 (Practica musicae1496)

 

このようにして本来は最も短い音価を持ち、現代の「小節」の概念の元になった「セミブレヴィス」は、現在一般的に使われている音符の中で最も音価の長い「全音符」として受け継がれた訳です。

ここで大変興味深いのは、現代の音符の相対的な音価に対して、この当時の音符は多少の誤差はあるにしてもほぼ絶対的な長さを持っていた、と言うことが出来るところです。その結果、楽曲のテンポは楽譜の音符にそのまま表現されているので、速度記号を指定する必要すらなかった訳です。この習慣は一般的には16世紀中続いたようです。 

めでたしめでだし、といきたいところなのですが、実際はそうは簡単にはいかないのです。

我々の長い音楽史の中で多くの作曲家は常に新しい様式を探し求めてきました。そして何か新しいものが生まれる度に、今までの記譜法や理論、概念等が新しいアイデアを表現するには古すぎて、実際的ではなくなってしまうのです。そして多くの作曲家は既存の記譜法を拡張したり、変更を加えたり、または全く新しいものを編み出したりしました。前の時代から受け継いだ古い理論や解釈、記号などは、一方ではある作曲家達によって新しいものに置き換えられ、他方では伝統としてそのまま引き継がれて行ったのです。ここに後ほど色々と提起していく予定の、色々な混乱が生じる原因があるのだろうと思います。 

参照: 

表紙写真: By Myself (Own work) [GFDL or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

The Harvard Dictionary of Music

続き:テンポについて考える, Part 2 - 音価と拍子記号の起源

コメントを追加