クラシック・ギター製作家インタビュー:ニコラス・スコット(イギリス)

ニコラス・スコット

今回のギター工房インタビューはイギリス、ダービーシャーのニコラス・スコットさんです。

 

Q1. あなたの工房とその歴史についてお聞かせください。

1985年から主にクラシック・ギターを製作してきましたが、その内5年間スチール弦のギターを製作した期間があります。1996年からはスモールマン型のギターのみを製作しています。

約10年から扇形の力木配置の伝統的ギターを作ってきました。あるロンドンの遠慮のないディーラーに言わせると、「可もなく不可もなく」という事でした。 それは現実的な評価でしたが、その当時、店で見かけるほとんどのハイエンド・ギターにもそれが当てはまったとも言えます。 しかし、その頃クレイグ・オグデンのリサイタルへ出かけたところ、彼は多くの人々に嘲笑された変なオーストラリア製のギターの一つを使って演奏していました。その時の私が知るディーラーの感想は「戦車のような造りだ」というものでした。
 

私は最前列を陣取りました(ギターの音を聴きたければなるべく近くにいかなければいけません。私はあまり期待していませんでした)。(新約聖書の)ダマスカスでサウロが改心したように、と言ったら言い過ぎですが、それにかなり近い感じでした。私は確かにロバから落ちる事はありませんでしたが、あまりに圧倒されたのでコンサートの後半は後列に移動しなければなりませんでした。数時間後、このスモールマン・ギターを家で弾きましたが、まさに圧倒されました。今なら、スモールマン・ギターと私の楽器、並びに世界的な名器とを簡単に比較出来るのですが。

私のギター演奏の技術は最高でも人並み、私の爪は細い音を出す傾向がありますが、(スモールマンだと)太く、丸く、瑞々しい音を最低限の努力で引き出すことができました。もう普段の虚弱な音によって自分が不適格で恥ずかしいと思う事がなくなりました。私がかつてどの楽器からも得る事の無かった、音楽を創作する事そのものについての感じ方をこの楽器は変えてくれました。 
この楽器の弦高を計ってみると馬鹿げた様に高いのですが、 私のような意気地なしでさえ演奏するのが楽に感じます。この楽器は一般的に受け入れられている全ての常識を覆している様に見えますが、実のところ私には当時如何にスモールマンの設計が過激で革新的であったのか知る由もありませんでした

ギター界ではスモールマンの偉大な革新は、反響板のバルサ/カーボン・ラトゥースの力木構造だということになっており、確かにこれが彼独特の音を生み出しています。が、グレッグ・スモールマンはそれをかなり異なる方法で語っています... 彼はかつて従来のギターを製作していて、力木の配置をいろいろ変えていましたが、どの様にそれを変えてもギターはいつも同じ音がするように見えました。
彼はトレスによる有名な「張り子」実験を思い出しました。後板と側板の材料に厚紙の積層を用いたものですが、奇妙な事に誰もその結果を知らない様でした。そこで彼はそのトレスの実験を彼独自の方法で実行したのです。しかし、厚紙の代わりに彼は真逆の方向へ進路を取り、ダイニング・テーブルの本当に分厚いものを後板に使ったのです。側板はテーブルの残りのラミネーションから堅い固まりを切り出して作りました。あまりの堅さにそれを取り出すのに両手を使わないといけませんでした。 これを従来の共鳴板に取り付けました。驚いた事に、これは彼の以前の楽器とは全く違う性格の、遥かに優れた音を生み出しましたが、当初なぜそうなったのかは正確には分かりませんでした。
遂に彼は、ブリッジにかかる弦のテンションが表面板の下半分を上方向に引っ張っている事に気がつきました(図を参照)。この力を止める物がなく、ギターの持つ曲線的な形状も相まって、側板は外方向に押し出されています。
つまり、共鳴板は縦方向に圧縮されていますが、横方向に膨張しているのです。この二つの力がお互い競い合って共鳴板が効率よく振動するのを妨げているのです。これにより、ギターが年数を重ねるごとにその効力を失って行く傾向がある、という事と、ちょっとした誘因によって共鳴板が割れてしまうということの論理的な説明が始めてなされたのです。

あなたが台所に行って、真っ先に目に入ったボウルなりバケツを手にとればこの力を実際に見る事が出来ます。片隅を押してみると如何に右端と左端の淵が外方向に移動するかに気がつくはずです。ある方向への圧縮は他方向への膨張を引き起こすのです。

というわけで、かなり偶然的にスモールマンは彼の怪物的に分厚い後板と側板によってこの問題を解決したのです。しかし、彼は最も効果的な解決策はそれらの力に対する内面的なフレーム構造にあると気がついたのです。それによって彼は様々な共鳴板の補強法を試し、彼の有名なバルサ/カーボンに行き着いたのです。

 

Q2. あなたにとって良い音のするギターとはどのようなものですか?またそれを獲得する為にどんな工夫をしているのですか?

私はスモールマンの音を復原する事を目指しているので、私に取っての良いギターはそのような音がするものです。

2004年の夏にグレッグ・スモールマンがロンドンに来た時、彼は彼の目標としている音について明確に述べました。

  1. 細くなく、強い基音と低倍音によって特徴づけられた、フル・サウンド。 
     
  2. 「母音」音を伴った広い音色領域。これらの母音音は「aaaah」と「ehhhhh」というスモールマン特有の性格で、伝統的なギターに完全に欠如している真の声と存在感を与えます。これはしばしば聴衆が最初に受ける印象の部分で、実際にコンサートホールで聴くことができます
     
  3. パーカッシブでないこと。音がその音量の最高潮に達するのが通常より若干遅く、減衰が通常より遅いとき、音に更なる豊かさが増した印象を与えます。
     
  4. 広いダイナミック・レンジ、しかし、同じ音質で。他のギターでは大きな音を出そうとすると音質が劇的に変わってしまいます。スモールマンは違います。ジョン・ウィリアムスがロンドンのイベントでこれを説明しました。彼はこの性質を最も評価しているとも述べました。
     
  5. 低音弦の共鳴。これが「フル・サウンド」に再び貢献します。しかしながらギターリストの中には高音弦で旋律を演奏する時に低音弦がともに歌う事をとても嫌う人たちがいる事も述べておかなければいけません。
     
  6. 入力に対する反応性。これについては誰も異論は無いと思います。

 

Q3. 弾き易いギターを製作する事について考えをお聞かせください。そして、その為にどんな工夫をされていますか?

スモールマン型のギターは一般的なギターに比べて遥かに弾き易く、私は存在しない問題を解決する方法を探したりはしません。

 

Q4. 伝統的なフレンチ・ポリッシュ(セラック・ニス)や新しい方法(ラッカー、触媒)などの仕上げの方法について、あなたの考えをお聞かせください。

この製造プロセスについてギターリスト達がとても長い間騙されてきた事はとても残念な事だと思います。人々は最も平凡な事柄についてでさえ、伝説や神秘性、民間伝承を広める事が好きな様に見えます。 そして、仕上げニスについては、そのリストのトップを飾っている様に見えます。そのすぐ後を僅差で魔法の力木配置についてが続きます。
世界的な製作家という観点では、ホセ・ラミレス三世が彼の著書「ギターについての事柄」の中で述べている事に目を通す事より勝る事はありません。  
グレッグ・スモールマンは反響板には後で輝きを出す為にバフで磨くことも出来ない位薄くアクリル性のニスを塗っています。なぜ聖なるフレンチ・ポリッシュを追求しないのかと訊かれたとき、彼はシェラックはあまりにも熱可塑性の強い物質で、暖かい気候では柔らかくなり、柔らかい物質は音を吸収し、鈍らせてしまうからだと答えました。

私自身はこれらを使用したことがあります。

2液型ポリウレタン  - 2年間
フレンチ・ポリッシュ(シェラック)- 7年間
オイル・フィニッシュ - 主に亜麻仁 - 1年間
メラミン–ホルムアルデヒド樹脂 - 17年間 

- そして最近はなんとかアクリル水媒介ラッカーを使いこなそうと、大量の時間を費やしました。 
私はこれらのいずれとも恋に落ちる事はありませんでした。どれ一つとして魔法の特性のような物はありません。
これらの全てはそれぞれ特性があり、それを良く理解し、順応しなければいきません。そうそう、危うく忘れるところでした。あなたが私の履歴書に古き良きニトロセルローズ・ラッカーを見つける事はありません。スプレーする為の施設やそれが必要とする人材を持ち合わせていないからです。
結びとして私が言いたいのは、もしあなたがじっくりとスモールマン・ギターを弾く機会に恵まれたとしたら、それにどんな種類の仕上げがされたかなんて事は最後に思いつく事だろうということです。

 

Q5. 640, 628 や 615mm などのショート・スケール・ギターに於いて、弾き易さ、設計、音質や音量の観点から、あなたの考えを聞かせて下さい。また、手の小さい人や女性ギタリストの増加によってそれらショート・スケールの需要は伸びていますか? 

私はスケールの長さを短くするよりも指板の幅を狭めたほうが余程効果的であろうと思います。

 

Q6. 多くの読者がギターを色々と試奏していく内にますますどのギターが良いのか分からなくなってしまう様です。製作家の立場から、楽器店や工房でどのようにギターの音質や弾き易さをチェックしたら良いのか、アドバイスを頂けますか?

どんな環境であっても、ギター選びに苦戦している人たちに同情します。経験と共に分かる様になりますが、もしあなたの経験が浅く、そしてギターの先生達はしばしば何も分かっていないので、まず手始めにする事は1弦上でギターが旋律を取り扱う能力を見る事です。もしここでギターの反応にデッド・スポットがなく歌わない様であれば、何か別のギターを探すべきです。

 

Q8. ブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)などの木材がますます入手困難になってきていますが、それはあなたのギター製作や完成したギターの品質にどのような影響があると思いますか?

スモールマン型のギターは後板や側板に特別な種類の木を使う必要がありません。ほとんど何でも利用可能です。私は入手可能なローズウッドより見た目が遥かに良いので、ジリコテをここ10年間使い続けています。

 

Q9. 21世紀に於いてギター製作というこの美しい伝統はどうあるとお考えですか?

私の専門分野はギター製作です。 将来を推測する事は私の能力の及ばない事です。

ギャラリー: 

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